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人間の思い込みとは怖いもので、2012年展示機であった”BB-084”を見たとたん「なーんだ!昨年と同じ番号の展示機か・・」とずっと落胆していた私であった。しかし 帰国後昨年の展示機は、”BB-069”/80-1069であり ”BB-084”は、私が行かなかった2010年の展示機であった事が判明。但し ”BB-084”は、背中に衛星交信用のドームを背負っている姿を嘉手納で撮影していた。
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2011年末でU-2は今度こそ朝鮮半島からも撤退して、東アジアで見かける事は出来なくなったと多くの航空マニアが考えていたはずである。 2011年、私もU-2とのお別れの年と信じ、U-2の最後の姿を見にオーサン基地へ飛んだのだったが、2012年の横田基地祭にU-2Sが再び飛来した。それも公開日2日間連続の飛来で、尾翼には”9OG"の文字、今まで見たことのない”BB-337”白色シャドー付きである。これで2012年時点で未だオーサン基地にU-2Sがいる確証が取れたことになった。よって迷っていた2012年10月のオーサン基地遠征は、私の心の中で決定的となった。
↑ U-2の後ろに見える白い乗用車は”モービル”と呼ばれるチェースカーで、U-2が着陸の際にランウェイエンドから機体を追尾して時速200km近いスピードで走る。このモービルの運転手もU-2のパイロット資格を持った人間が当たるらしく、着陸寸前のU-2に「あと 2フィート。あと1フィート」と着地までの高さを連絡する。U-2は着陸時の迎え角が高く、コックピットの視界も悪い為、パイロットからは滑走路の様子が判りにくい為である。チェースカーには補助輪装着以外にこんな役割も有るのである。
上写真、左から時間順並んでいるので、そのように見て頂きたい。赤いバケツの様な物を持って手を上げているスタッフは、エンジンに吸い込まれる気流の程度を測っており、エンジンが停止し気流の流れがほぼ無くなった事を確認してからエンジンカバーを装着する。U-2のエンジンカバーは二つに折り畳めるもので、最初の”バケツのように見えた物”はエンジンカバーである。パイロットは、昨年同様分遣隊司令のクラックスバーガー中佐であった。この時彼の部下の一人は、展示機より早くオーサン空軍基地を飛び立って本来の任務をこなしていたのだ。
↑着陸したU-2Sは、2台の白いカマロに乗ったグランドクルーから補助輪を付けてもらいランウェイエンドまでタキシーして展示エリアに戻ってきた。展示エリアで同僚と雑談していたグランドクルーもU-2が150メートルぐらいまで近づくと直立不動の姿勢をとり、斜め前方まで進出して手信号での誘導を始めた。このシーンを撮ろうとロープ際まで移動して撮影である。
↑ U-2のページがこの様に7ページにも拡張展開するとは思っていなかったが、韓国オーサンに展開するU-2Sは2012年も健在のようだ。友人から横田のオープンに出かけるにあたり、U-2を狙うなら土曜日に行くようにアドバイスをもらった。午前中の雨模様から一転して晴れ間に変わる12.35分、予告通りU-2Sは横田基地の空をパスした。今まで雨模様でであった為諦めていたのだが、何とか2回目の上空パスには間に合った。”BB-337”今まで撮ったことのない機体だ。しかも レターにシャドーの入った作戦群司令官指定機である。2012年8月18日撮影。
2012年10月、さて今年も来ましたよオーサンへ・・竹島の問題でキムチ観光に行くのは抵抗があるが、U-2を撮りに来たのだと自分を納得させて、仕事の都合を何とか付けての渡航である。昨年同様 勤務地であるC国からの直行であるが、今回は仁川空港を使っていくことにした。オーサンはショー両日とも天候に恵まれた。
2700メートルの滑走路の3分の1の時点迄は、機首を僅かに持ち上げた形で上昇するが、それ以降は急激に機首を持ち上げて、地上からはほぼ垂直に見えるような急上昇で天に舞い上がる「黒い昇龍」である。
”神の御魂の元 我々は全てをモニターする”という洒落た標語が書かれているのU-2 Dragon Ladyのインシグニア。この標語は、U-2だけではなく、米軍/警察関係でも広く使われている。
同行した友人との間で「U-2の補助輪を切り離すタイミングは?」という話題となったが、良く見るとU-2が滑走を始めて2-3秒で切り離している。多分滑走スタートから100m隔てない場所で、機体のバランスは安定しており、補助輪を必要としなくなっているのである。写真左手翼の下に転がっている右翼の補助輪がみえる。
(2012)